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ソフトウェアが愛を選ぶとき [小説・詩作]

ソフトウェアが愛を選ぶとき

1 別れ

男と女の関係、複雑、不条理、多岐多難。その運命をコンピュータソフトに委ねる者の出現。それを
自然と考えるそこの貴方、あなたは正常、それとも異常・・・。

「だから俺が言いたいのはさ、最近の君の態度が、肌に感じる風の冷たさと重なって・・」

「もう沢山だわ。そんな歯の浮くようなセリフ、貴方には全然似合わない。少なくともデートの代金をいつも割り勘にするような男の吐くセリフじゃないわ!一度修行僧にでもなって人間を鍛えなおしたほうがいいんじゃない。」

女はヒステリックにそれだけいうと、もう一時もこの場所にいたくないといった表情で、席を立つと、店を飛びしていった。一部始終を見ていた女子大生らしき2人が、笑いを抑えるのに苦労している。ボックス席に座っていた直人は、それに対して別段気にするでもなく、それまでいたボックス席からカウンターに移ると、マスターに向かって話しかけた。

「マスター、品のない女性だろ。顔は可愛いけどね。彼女ね、一人っ子で血液はAB型、星座は蠍座なんだ。この手のタイプはね、人前では上品ぶった顔をしているけど、部屋はちらかし放題、料理も下手で、結構気の強い娘が多いんだ。もともと自分との相性度は65%と微妙だったし。こうなる結果は遅かれ早かれ見えてたんだ。」

鈴木直人、31歳、独身。一浪の末入った地方の二流大学を、8年前に何とか卒業した。就職先は、就活27社目でかろうじて内定をもらった、わずか15名のゲームソフト開発のパイオテックス株式会社で、技術者として入社した。この会社の社長は、技術者上がりで、派遣を一切行わず、商品開発に拘った。常に資金繰りが苦しく、社員の給与も時々遅延しがちだった。直人自身、将来に不安を感じ、何度か会社を辞めようと考えていたが、入社3年目に、画期的なソフトを開発し、それが爆発的に売れた。

商品名は『I Love ピコピコ』。商品は簡単に言うと、相性占いソフトだ。本人の姓名、身長、体重、出身地、誕生日、血液型、星座等、本人に関わる基本データと、YES、NOで回答する選択するデータを順次入力していく。その項目は全部で120項目あり、入力項目は多いほどよい。そして気になる異性の情報も同様に入力する。そして最後にボタンを押すと、相性度が%で出される。その場合90%以上なら、結婚を勧める結果が出され、逆に50%以下なら、付き合うことを辞めるよう診断結果がくだされる。プロポーズの言葉や、どういった夫婦生活を送ればよいか、いつ頃家を購入するのがベストで、子供は何人産めばよいのかまで詳細に答えをだしてくれる。この手のソフトは過去にも数えきれないほど販売されてきたが、大きく違うのは、その精度にあった。診断結果が当たるのだ。どんなに不器用な人間でも、診断結果に従って行動すれば、カップルとしてほぼ成立するのだからすごい。むしろ、最初に気が合わないと思ったとしても、このソフトが相性度は良いとでれば、それを信じるしかないと人は思ってしまうのだ。

最初は20代の独身女性から火が付き、口コミで広がり、やがて年代を超えて高齢の独身男女も、このソフトで相性がよければ次々に結婚していった。
まれに50%以下で結婚した者もいたが、わずか数か月で離婚といったケースもあり、それをとあるテレビ番組で特集したのがきっかけで、信憑性が一気に高まった。

直人自身、このソフトには、プログラマーの一員として関係していた。そして自分と最も相性の合う女性像を、このソフトで探し出していた。いくつかあげると名前のイニシャルはR.Y。自分より7歳年下の24歳、利き腕は左利きき。細見で、天秤座のO型。出身地は北海道etc。
果たしてそんな女性がこの世にいるのだろうか。しかし直人は数千回にも及ぶシミュレーションで、いつしか理想の女性を作り上げていたのだ。


「でもマスタ、今夜のマティーニ、ちょっぴりほろ苦かったよ。」


2 回想

明日は半年ぶりに有給が取れた。ソフトが売れてから休み返上で仕事が続いた。月間稼働も毎月300時間を超えていた。その上、第2弾として発売した『誘惑・ワクワク』もまた尋常でないほど売れた。出荷が追い付かず、毎日深夜まで働き詰めだったのだ。そんなとき上司の草履のような顔をしたシステム部長から、明日休んでもよいと言われたときは、仏様に見えたものだ。深夜12時過ぎに、アパートに帰宅すると、そのままベッドに倒れこんだ。

(明日は何をして過ごそう。朝早く起きて考えよう)

直人はすぐに深い眠りについた。

時計のアラームを止めていたこともあって、目覚めた時は、部屋は太陽の西日で明るかった。一体何時なのだ。目覚まし時計を見る。5時40分を針は指していた。部屋の明るさから言って午前のはずはない。午後5時40分。

(大切な時間を、俺はなんてバカなことを)

直人はせっかくの休みを爆睡してつぶしてしまったのだ。しかし悔やんでも時間を巻き戻すことはできない。

(悔やんでも仕方ないか。彼女もいないし会う人もいない。しかし考えてみると自分自身、仕事以外何もすることが思いつかない。学生の頃は、金はないが、多くの友人に囲まれ毎日が充実していた。彼女に振られても、一升瓶片手に仲間が駆けつけてくれたものだ。今は給料も上がり、特別ボーナスもでて金には不自由しなくなった。だがその代償としてかけがえのないものを失ったような気がする)

と、そこまで考えて、それ以上考えることを止めた。

(今を否定するべきではない。俺は大ヒットをとばしたソフトの開発者なのだ。そしていつか、まだ会ったことのない理想の女神にも出会うはずだ)

直人は残された時間をどう過ごそうか悩んだ。一人で行けるところなんてそうはない。映画を一人で観るのも寂しいし、ゲームセンターに行くような歳でもない。

(シェルタに行ってみるか)


3 出会い

この店で女性から別れを突き付けられたのは半年前。それ以来店には行っていない。一瞬扉を開けるのに躊躇いがあった。しかし思い切って店内に入る。時間がまだ早いせいか、マスターと客は一人だけだった。

カウンター席の一番奥に一人の若い女性が座っている。直人はその女性の横顔が見える位置に座った。マッカランのロックと、ミックスナッツを注文する。

ジンフィズを飲んでいる女性は、目を引くような美しい女性だった。小顔で首が長く、スタイル抜群。眉は細く整えられており、鼻筋は通っていて綺麗な二重だ。赤のルージュが妙に艶めかしい。まさに外見は非の打ちどころがない。しばらくチラ見していた直人は、いつしか女性にくぎ付けとなっていた。そしてあることにかが付く。外見が全て直人の理想の女性に当てはまるのだ。

直人はこのまま黙って座り続けることができなくなった。そして思わぬ行動を取る。ツカツカと女性の座っている席に近づくと、徐に、「失礼、あなたの横顔を拝見して、どうしても話がしたくなりました。どうか私に1時間ほど時間をください。」

女は一瞬、驚いた表情を見せたが、
「ぶしつけね。そんな口説き文句では女性は乗ってこなくてよ。でも私は嫌いじゃないわ。あなたのようなストレートな物言いの男性。これから仕事があるので一時間は無理だけど20分くらいなら。」

外見とは裏腹に、声は少しハスキーであった。

それから直人は咳を切ったように質問を続けた。相当失礼な行為だが、直人には確信にみちたものがあった。全ての質問が終わった。

(信じられない。自分の相性度100%の女性が見つかったのだ。イニシャルはR.Yだったが、名前は夢野良子。北海道の小樽出身で、18歳で高校卒業後、東京を夢見て上京してきたらしい。
相手が高卒というのも直人の相性データにマッチする。項目の中で、唯一「本来男っぽい性格」という質問に対して、本人は‘YES’と答えたが、とてもそうは見えなかったくらいか。

「あなたのことをもっと知りたい。また会ってもらえませんか。」

「このお店を気に入っているの。1週間後のこの時間にまた来るわ。あなたも時間が取れるなら、その時に会いましょう。」

女性は、少しだけもの寂しげな顔を直人に見せた。左手をわずかにあげて「さようなら」とだけ言うと店を出て行った。

(こんなことってあるのだ。いや当然だ。俺が血のにじむ思いで開発したソフトだ。その自分に100
%相性の女性が目の前に現れたのは、きっと神からのご褒美に違いない。間違いなく休暇を申請することになりそうだ。例え会社を首になったとしても必ず彼女に会うだろう)

直人にとって至福の一時であった。

さっきからマスターが困ったような顔をしながらこちらをチラチラと見ている。

(それはそうだろう。あんな美女が自分に気があるそぶりを示したのだ。妬み半分、やっかみ半分といったところか)

「マスター、マッカランをもう一杯。ところで今の彼女、何をしている人?」

マスターはしばらく黙っていた。それから意を決したように直人を見ると、

「彼・・、彼女って言ったらいいのか、3週間前にオープンした、おかまBarに勤めるリョウコって
娘だよ。」

翌日、直人は会社に出勤することはなかった。そして、その後、この街で直人の姿を見かけたものは誰もいない。
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十円木馬

makimakiさん、いつもnice!ありがとうございます。
by 十円木馬 (2014-07-27 14:52) 

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