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リコーダーはレモンの味がする [小説・詩作]

最近、百田尚樹氏の短編小説。『幸福な生活』を読んで、正直自分自身、刺激を受けました!

昨日ブログに掲載した、遠い昔書いた『コンピュータが愛を選ぶ時』に続き、最近書いた
『リコーダーはレモンの味がする』を、ブログで掲載します。
この短編小説をまとめて、何れ、文庫にしたいというのが、私の細やかな夢です(笑)

リコーダーはレモンの味がする

教室には、佐藤真二一人だけだった。先生も同級生も誰もいない。2時限目は体育の授業で、
今日はポートボールのため、体操着に着替えて全員グラウンドに出ている。真二は1時限目の
終了のチャイムが鳴ると、担任である体育教師である勝又先生に言った。

「先生、朝から下痢が続いてお腹が痛いんです。申し訳ないですが、2時限目の体育を休ませ
てください。」

佐藤は真二の顔の表情が青白く、気分が悪そうなのを見て、

「真二にしては珍しいな。それは、無理はしないほうがいい。グラウンドで見学するか。それとも
保健室で休むか。」

と聞いた。

「先生、運動場は気温も高く、体が持ちそうもありません。保健室で寝るほどの痛みはないので、
このまま教室で休ましてください。」

と答えた。

「そうか、分かった。痛みが激しくなったら、すぐに保健室に行くようにな!」

と優しく言うと、他の生徒と共に教室から出て行った。

真二は、この日を待っていたのだ。誰もいなくなるのを。そして自分一人だけが教室に残ることを。
目的は、ただ一つ、典子の縦笛。
大島典子は真二にとってあこがれの同級生だ。2年生になった時にクラス替えが行われ、典子と
は席が隣同士となった。

典子に真二は恋焦がれていた。髪はややショートだが、目がくりくりして大きく、きれいな二重瞼。
唇も肉厚で、太ってはいないが少しぽっちゃりした体型だった。中学2年としては胸も大きく、とて
も魅力的な女性だった。

真二は奥手で、女性に平気で声をかけられるタイプではない。勉強も運動もそこそこできるが、
どちらかというとあまり目立たないほうである。そんな性格だから、他の生徒から苛められるこ
とはないが、その他大勢の領域にいることは確かだった。当然ガールフレンドはいない。しかし
人並みに女性には興味があったし、Hな雑誌も親に隠れてみることだってする。典子みたいな
女性と付き合いたいと、毎夜、悶々と考えていた。しかし現実には、思いを伝えることなど到底
無理であった。

そんな真二にとって、典子との繋がりが持てる方法が閃いた。それは「リコーダー」である。毎週水曜
日の2時限目の体育が終わると、昼の給食となる。そして3時限目は音楽である。先々週から
リコーダーを使った授業となった。生徒は普段は、リコーダーを机の中に置いたままにはせず、家に
持ち帰る。1年前に3年生のある生徒の机の中の筆箱が盗難にあい、それから原則机の中にものを置
いていかないことが規則となった。従って今日の音楽の授業に合わせて、各生徒は家からリコーダー
を持ってきているのだ。

真二は、この典子のリコーダーをこっそりと持ち出し、口づけをしたいという衝動に駆られた。これは紛
れもなく間接キスだ。しかも真二の唾液が乾くか乾かないうちに、2時間後には典子の唇がそこ
に触れる。時が経過しないことが何よりも大切なのだ。真二は夜中寝ているときに、このことをふ
と思いついた。そしてなんて素晴らしいアイデアなのだろうと自画自賛した。考えると次第に、真二
は興奮してきた。


しかしこの事実が、もしばれれば、真二はその日から“変態”呼ばわりされるだろう。男子生徒から
はいじめやからかわれるだろうし、女子生徒からは、女の敵として白い目でみられることは間違い
ない。そうなったら典子は自分に対してどんな態度をとるだろう。とても学校に行く勇気はない。そう
思うと実行に移すには相当の覚悟がいる。しかしそうした危険を欲望が上回った。なんとしても失敗
は許されない。

真二は教室のドアを少しだけ開けて、ローカを左右見渡す。2時限目が始まって15分程経っている。
誰も歩いてこないことを確認すると、ソロソロと典子の机に向かう。そして机の中に入っているリコ-ダー
を静かに取り出した。布袋に入っている縦笛を、恐る恐る袋から出す。持つ手が震えると同時に、異常
なまでの興奮が真二の体全体を覆い尽くす。ある種の罪悪感と、言い尽くせぬ期待感で、もうどうに
かなりそうである。ゆっくりしている時間などない。突然誰かがやってくる可能性だってあるのだ。

徐にリコーダーを吹く部位に自分の口を重ねた。吹くと、隣の教室に聴こえるかもしれないという不安から、
逆に静かに吸ってみた。鼻孔を膨らませてゆっくり息を吸うと、気のせいかレモンの味がする。これが
典子の匂いなのか。今度は自分の唾液をリコーダーの筒の中に押し込んだ。鼓動の高まりは最高潮
である。

(気がつかれることはないはずだ)

時間にすると5分も経っていないだろうが、真二にはとても長い時間に思えた。

(名残惜しいがここまでにしよう)

真二は慎重に布袋にリコーダーをしまい、元と同じ位置にそっとおいた。心臓は相変わらずドキドキと
鳴っているのが分かった。しかし誰にも気づかれた様子はない。大きな戦いに勝利した気分である。
しかしまだ終わりではない。3時限目に典子が、自分の口つけた縦笛に唇を重ねたときに、初めて
目的は達成するのだ。

そうこうすると、終業ベルが鳴り、やがて生徒たちがグラウンドから教室に戻ってきた。席に戻って
きた典子が、真二君大丈夫と声をかけてくれた。席が隣というよしみで声をかけてくれたのだろうが、
大好きな典子から優しい声をかけてもらい、真二は嬉しくてしょうがなかった。それでも感情を抑え
ながら、まだ少々痛いが、我慢できないほどではないとぶっきらぼうに答えた。

念には念を入れて、給食を食べるのを止めた。腹が痛いということの信憑性を高めるためだ。
本当はお腹が空いているのだが、これから起こることを考えれば、空腹など耐えられないことでは
ない。給食は、好きな者同士で机の配置を移動して食べる。典子も仲の良い生徒と3人で机をつけ
て楽しそうに食べている。真二はすぐ近くの机にうつ伏せになりながら、典子たちの会話をそれとな
く聞いていた。

典子の友達、水沼冴が言った。

「典子はいいなあ、音楽が得意で。何てたって吹奏学部でフルート吹いているから。3時限目のリコーダー
のテストも楽勝でしょ。」

すると、典子はやや困った顔で、

「それがね、私のリコーダー、昨夜2階の階段から落として亀裂が入ったの、音がうまく鳴らないの。念の
ため弟のモノを借りてきたの。」

そういうと典子は、自分の引き出しから、真二が情熱をこめて唾液を入れたリコーダーを取り出した。
真二は耳を疑った。

(俺の舐めたリコーダーは、典子のものではなく、弟のものだったのか)

真二は、典子の弟と間接キスをしたことになる。ショックを通り越して茫然自失である。とはいえ典子
が自分の唾液のついた笛に口をつけるという残された楽しみは残っている。
するとしばらくして、見慣れぬ可愛らしい男子生徒が教室に入ってきた。それは典子の弟だった。
典子には1歳年下の弟がいて、同じ中学に通っているのだ。

「お姉ちゃん、頼まれていたモノ、今、購買で買ってきてあげたよ。貸した僕の返して。」

典子は、弟に新品のリコーダーを購買で買うよう頼んでおいたのだ。もし品切れだったときのために、
弟のモノを念のために借りていたらしい。

弟は、真新しいリコーダーを典子に手渡した。典子は笑いながら、

「佑君、ありがとう。じゃああなたの、返すね。」
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