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『秘密』 [小説・詩作]

それほど親しくはないのですが、会社関係で一人の知り合いがいます。
私が知っている彼は、男らしくとても仕事のできる男性でした。
ある日、話したいことがあると連絡を受け、お会いすると彼は、女性に生まれ変わって
いました。
その方は、結婚もして、子供もいるにも関わらず、奥さんにも言えない秘密を
持っていたのです。それは「性同一性障害」であるということです。
長年苦しんだ彼は、奥さん、子供に真実を打ち明けたのです。
50歳を過ぎてカミングアウトした彼ですが、その表情はとても明るかった。
この件がずっと記憶に残り、短編小説を書き上げたものです。
決して興味本位や、おちゃらけで書いたつもりはありません。
世の中には、色々な人間がいて、多かれ少なかれ心のキズを抱えながら
生きているのだと思います。それは私も同じです。
それでも一生懸命に生きていれば、必ずいいことを起こる。だから生きることは
素晴らしいとも思えるのです。
稚拙な小説ですが、やはり新年早々はハッピーエンドで終わるものがよいと
思っています。



                             
     第一章 

 「折角ですけどお付き合いすることはできません。」
 「友達でもいいので・・。」
 「ごめんなさい。それも無理です。」
きっぱりと断られた男性は、絶望感を漂わせながらその場を去っていた。
肩を落として去る男の姿が見えなくなった頃、
 「はあっ。」
と玲子は大きなため息を一つついた。
 (素敵な男性だったけど。でも仕方ない・・)
今年に入って何度目のことだろう。ほとんど面識の無い相手からである。
一方的に一目惚れされ告白された。
 
玲子は魅力的な女性であった。容姿はと言うと、、遠く異次元を見ている
かのような澄んだ目、鼻筋が嫌味でない程度に通っている。
髪はややボーイッシュだがよく似合っている。身長は一六二センチ
くらいで、足も細く長かった。無駄な贅肉は一切ないが、出ているところは
しっかり出ていて、実に均整が取れていた。本来これほど完璧であると、
近寄りがたい存在のはずであるが、無理と分かっていても、思いを伝えた
くなるような次元を超えた美しさがあった。男の気を引こうとする意識的な
仕草ではないのだが、玲子と接点を持った男性は間違いなく彼女に夢中に
なった。

 しかし、玲子はこれまで男の誘いに応じた事は一度も無い。中にはとん
でもない大金持ちもいたし、超売れっ子の俳優から告白されたこともある。
政治家や弁護士もいたはずだ。繁華街を歩いていると必ずナンパもされた。
 
「どんなに素敵な男性が現れても、決して愛し合うことは出来ないのだから・・。」

 玲子には決して誰にも言えない秘密があった。親にも言えない秘密であ
った。それは何かと言うと、彼女が「心の病」であるという事。自分が女性
であることに違和感を覚えたのは、中学二年生の頃である。女性なら全て
が体験する月ものが初めて来た時、それは嬉しさではなく、表現できない
辛さ、悲しみであった。あってはならない現実に悲嘆した。異性にも全く興
味が湧かなかった。同級生が好きな男の話をしていても、玲子にとっては、
男は汚いものに見えた。玲子は学校でも噂になるくらい綺麗であったので、
男子生徒からもよく告白を受けた。しかし嫌悪感を抱くだけで、その気には
ならなかった。それでもそんな自分が嫌で、無理して付き合ったこともある。
しかし人気のない公園でいきなりキスされた時は、思わず相手を突き飛ば
していた。玲子は、体は女だが、気持ちは男なのだから当然である。しかし
自分がそうであることは誰にも言えなかった。親にも言えない。自分は一生
結婚もできないのだと人生を諦めていた。それでももう一人の自分を演じて
生きねばならない。心が男性なので、男らしく生きたいと思った。服装や髪
型も男っぽくしたいとも考えた。もし器量が悪ければそうしていたかもしれ
ない。しかし持って生まれた顔立ちがあまりにも女性らしく、美形だったの
で、その特性を捨てきる事はできず、せいぜい髪型をボーイッシュにする
くらいのことしかできなかった。

     第二章

 玲子は、IT関連で事務仕事を行っている。この仕事は人材派遣会社を通じ
て二年目を迎えた。仕事はソツなくこなし能力は高かった。当然美人なので、
社内でも憧れの的であった。今日は同僚の和江から仕事を終えた後、誘い
を受けている。合コンなどだったら間違いなく断っているが、面白いショーと
いうことだったので、その誘いを受けた。誘われた相手が女性だったこともあ
る。異性だと面倒なことになるし、和江は入社当時から気を遣わなくてよい数
少ない友人である。というより、玲子は和江の事が好きであった。人には決し
て言えない理由から、玲子が女性を好きなのは当然なのである。しかし、そ
の思いを和江には伝えられない。和江はごく普通の女性であり、彼女の恋の
相手は間違いなく男性なのだから。

 「玲子、今日行くショーは、絶対気に入ると思うよ。」
そう和江は玲子に話しかけた。
 「主演のダンサーがもう最高なの。身長はちょっと低いけど、私にとって星
の王子様。男に興味のない玲子でも、きっと気に入るはずよ。」
和江は何度もそのショーに行っているようだ。お目当てのダンサーにぞっこ
んで、プレゼントも数え切れないほど渡している。何度か行くうちに、名前も
覚えてもらったらしく、時々会話もしてもらえるようになったそうである。決し
て和江の彼でもなんでもないのだが、その話をするとき和江の目は輝き、
実に幸せそうである。

和江は玲子が男性からの誘いに全く応じない事を知っていた。玲子には一
言も話はしないが、会社内でも玲子に告白して振られた男を何人も知ってい
る。玲子に告白したいという男性から直接相談を受けたこともある。和江もそ
れなりに可愛かったが、玲子とは比較しようがない。和江は玲子が羨ましか
った。それでも玲子はお高く留まったところは全くなかったので、和江は友達
としては玲子のことが好きであった。同姓なのに異性といるような妙な安心感
もあった。玲子が男だったなら、人目惚れするだろうな、などと考えたりもした。
自分の好きなダンサーに美人の玲子を会わせるのは一抹の不安を感じたが、
男嫌いということが分かっていたので、思い切って誘ったのである。

     第三章

 勇一は新宿で働く、売れっ子ダンサーである。男性でありながら、宝塚の
トップスターのような端正な顔立ちであった。容姿だけではない。踊り
も飛び抜けて上手であった。一流の劇団でも採用されそうだが、大衆劇場に
身を置いている。身長が少し低いが、化粧をすると、ベルサイユのバラに出て
くるオスカルを思い起こさせる。客は彼目当ての女性客がほとんどであった。
普通女性が足を運ぶ事は少ないところだが、彼のショーを一度でも見たなら
たちまち熱烈なファンになってしまう。口コミで噂が広がり、彼目当てで
毎日通う女性客も後を絶たないのである。ショーが終了すると楽屋に多数の
ファンがプレゼントを持って押しかけてきた。店を出た後も同じである。なかに
はファンを超えて、結婚して欲しいという二十代、三十代の女性もいた。そんな
相手にも、勇一は
 「結婚はできないけれど、いつまでも僕のファンでいて欲しい.」
そういわれた女性は、気落ちすることなく一層熱烈のファンになるのであった。

 目的地に着いた。玲子にとってこうしたショーを見るのは初めての経験であ
った。男に興味はないので、自分から行こうとは思わなかっただろう。和江の
誘いだから了解した。会場はそれほど広くはないが熱気ムンムンだ。モスコミ
ュールを注文して一〇分ほど経つと、そのショーは始まった。宝塚に出てきそ
うな五人ほどの二十代のダンサーが所狭しと、踊っている。和江のお目当て
のダンサーが誰か、玲子にはすぐに分かった。一人だけその容姿も、踊りも飛
び抜けていた。見た瞬間、玲子の背筋に戦慄が走った。生まれてから経験の
ない思いであった。心臓の鼓動が聞こえてくるほど気持ちが高ぶっている。玲子
自身信じられなかった。男性に全く興味のない自分が、なんでこんな気持ちに
なるのか不思議であった。一瞬、病気が治ったのかとも思った。それくらいの
トキメキだったのである。

 いつものようにショーは開演された。ダンサーになって四年目を迎える勇一に
とって、踊りは楽しかった。入りたての頃と一番違うのは、お客さんの反応を踊り
ながらも冷静に観察できるようになったことである。ほとんどのお客の視線が、
自分に釘付けになっていることが分かる。そんな状況に結構酔っている自分が
いた。本当は男性のお客が増えて欲しいのだが、こればかりは仕方ない。どん
なに女性ファンに言い寄られても、気持ちがぐらつくことはなかった。今日も踊り
ながら、お客の表情を見る。そんな中、一人の女性客に釘付けになった。一際
目鼻立ちの目立つ、超飛び切り美人である。これまでどんなに綺麗な女性でも、
関心を抱く事はなかった。もちろん美しいものは大好きであり、女性も綺麗な人
には憧れたが、恋心を抱く事などは皆無であった。それが今のトキメキはなん
なのだろうと思った。心臓が爆発しそうである。異性に対して、こんな気持ちは
生まれて初めてである。思わず振り付けを間違いそうになって慌てた。

ショーが終わって静けさが戻った。玲子は喉がカラカラであった。モスコミュール
を一気に飲み干すと、もっと酔ってみたい気持ちになった。そこで度の強いドライ
マティーニを注文した。
 「どう、玲子、素敵でしょう。」
 「初めてこういう場所に来たので、少し緊張したみたい。」
と、努めて冷静を装った。
 「この後、楽屋に一緒に来て、彼にプレゼントを渡したいから。」
この言葉を聞いて、玲子の心臓はますます高まった。

一時間後、和江と玲子は楽屋のドアを叩いた、数人いるダンサーの仲から、
勇一を見つけた和江は、
 「勇一さん、プレゼント。それと私の友人を紹介するわ。」
と笑顔で声をかけた。
 勇一は二人に近寄った。その勇一にいつもの笑顔はなかった。壇上から見た、
あの衝撃を受けた女性が目の前にいたからである。
 「初めまして、勇一です。」
と玲子の右手をギュと握った時、体全身に電気が走った。玲子もそれは同じ
思いであった。興味が全くなかった男性に対して、握手をされた瞬間、頭が
熱くなって、倒れそうになった。勇一は思わず怜子を強く抱きしめたい衝動に
駆られたが、横にいる和江の存在で我にかえった。悟られぬように
 「和江、いつもありがとう。君は最高のファンだ。」
と和江に笑顔でウインクをした。
 「このあとはもう上がりなので、一緒に少し飲もうか。」
勇一は、和江と怜子を交互に見ながらさり気なく誘った。和江は何度となく
通っていたが、勇一のいつになく優しい言葉と、しかも初めての誘いを受け
たことで、有頂天になった。
 「嬉しいわ。ねっ玲子はどうするの。」
 「私が一緒だとお邪魔では・・。」
 「邪魔なんてとんでもない、大勢のほうが楽しい。是非一緒に。」

     第四章

 勇一は、ショー後よく立ち寄るバーに二人を連れて行った。そこは静かで、
疲れた勇一にとって唯一安らぎを感じることができる隠れ家的な存在である。
お客を連れてくるのは当然こと、女性と来るのも初めてであった。いつもはカ
ウンタに座るのだが、今日は、ボックス席にした。これなら正面から玲子の顔
を見ることができる。
勇一は、マッカランをロックで、和江と玲子は、コークハイを注文する。ドリン
クを手にした三人は、グラスで互いに乾杯し終えた後、
 「あらためまして、勇一です。今日はショーを見に来てくれてありがとう。
まだ和江の
お連れの名前を聞いていなかったね。」
と、怜子に熱い視線を送りながら喋った。
 「彼女は、私の職場の同僚で、玲子。綺麗でしょ。でもくどいてもダメよ。彼女、
全く男性には興味ないから。」
玲子が話す前に、和子は要らないことまでしゃべった。
 「男性に興味がないとは信じられないな。男がほっておかないでしょう。」

(確かに美しい。これまでも美しい女性は何人も見てきた。自分のファンに
も綺麗な女性は数え切れないほどいた。だが一度だって女性に心を動か
されたことはなかった。彼女は、普通の女性とは違う何かを持っている。
でもそれが何か分からない。もっと彼女の事を知りたい。二人だけで時間
を忘れて話がしたい。どうすればそのチャンスができるだろうか)
勇一は、次に二人で会う機会を熟考していた。

玲子は先ほど握手をされたときの衝撃が体に残っていた。そしてどうして
こんな気持ちになったのか考えていた。
(確かに素敵な男性だ。しかし私は男性を愛する事はできない。しかし実際
心はときめいている。彼が化粧を施して女性に見えるからなのか。でも実際
は紛れもなく男性なのだ。その証拠に喉仏はしっかり出ている。訳が分から
ない。私はやはり正常に戻ったのではないかしら)

 「ちょっとトイレに行ってくる。」
と和江が席を立った。
和江の姿が見えなくなったその隙に、勇一はすぐさま、
 「今度二人だけで会いたい。電話番号を教えて欲しい。」
と、じっと見つめながら真顔で玲子にお願いをした。これまでの玲子なら、
絶対に断っていただろう。しかし今だけは、思いは勇一と全く同じであった。
勇一が言わなければ、玲子から同じお願いをしたかもしれない。生まれて
一度も経験をしたことのないあの感情を忘れたくなかった。そして自分を変
えられる最後のチャンスではないかとも思った。
「和江には黙っていて下さい。彼女は貴方の事が大好きだから。」
そう言って、自分の携帯番号を急いで伝えた。
和江が席に戻ってくると、何事も無かったかのように、勇一は和江とばかり
話をした。勇一に惚れている和江は至極上機嫌であった。

     第五章

 翌日、昼の休憩中、和江とランチをしている最中に携帯が鳴った。相手は
勇一からであった。慌てた玲子は、席を外して携帯に出た。
 「もしもし玲子さん、勇一です。昨日はとても楽しかった。ありがとう。
今週の日曜日、二人だけで会いたい。都合はつきますか?」
玲子は正直迷っていた。勇一のことは忘れられない。それにもまして、どうし
てあんな気持ちになったのか知りたかった。しかし、自分の事を知られる怖さ
も感じていた。隠し通していてもいつかは話さなくてはいけなくなるときが来る。
傷つくのが嫌であった。相手を好きになればなるほど、痛手も大きくなるはず
だ。それでも何かのきっかけで自分が変わりたいという思いも強かった。彼が
そのきっかけになるのかもしれない。しばらく間をおいて、
 「大丈夫です。お会いします。」
と答えた。時間と場所を告げられて電話は切れた。後には戻れない。どうなる
かは全く分からないけれども自分の気持ちに素直になろうと、玲子は心に誓った。

 その日は雨模様であった。心は男性でも、玲子はいつも以上にお洒落をした。
化粧もきつくならないように気をつけたが、それでもいつもの倍以上時間をか
けたし、着ていく服もこの日の為にブティックで購入した。夕方五時、渋谷駅前
での待ち合わせであった。時間より五分前に到着したが、勇一は既に待っていた。

 「ありがとう。約束どおり来てくれて。本当に嬉しいよ。」
 「いえ、私のほうこそ誘っていただいてありがとうございます。」
まだ会って二度目なので、ついつい言葉遣いも丁寧になってしまう。傍から見る
と間違いなく美男美女のカップルだ。二人で歩けば、ほとんど人が釘付けになる
くらい目立った存在に違いない。

夕食を一緒にということで、勇一の案内で行った店は、ちょっと洒落た和食の店
であった。店は全て個室になっており、他のお客に会話を聞かれることもない。
会席なので、時々着物を着た女性が料理を運んでくる。飲み物を聴かれて玲子
はビールと答える。玲子はあまりアルコールが強くないが、喉が渇いていて最初
の一杯を美味しそうに飲んだ。
今日、勇一は化粧をしていない。それでも玲子の心の時めきは変わることはな
かった。ということは、勇一の外見を好きになったのではなく、彼の内面に心を許
したのかもしれない。そう思うと玲子は嬉しくなった。
 
 「いきなり二人で会いたいと言われて、ビックリしたでしょ。」
 「ええ。和江が話していたとおり、私は男性のお誘いは全て断っているので・・。」
 「それは、家庭が厳しいから。」
という勇一の問いに、玲子は返事に困った。
 「理由などどうだっていい。こうして実際に君と会えたのだから。ショーをしな
がら客席で君を見た。言葉では表現できない衝撃を覚えた。まるで全身に電気
が走るような感じ。でもそれは決して不快なものではなく、人との出会いでいえ
ば、そう、初恋のような、温かく、切なく、愛おしいものだった。初めて会うのに、
いきなりこんなこと話すと引いてしまうかもしれないけど。」
一気にそこまで話した勇一は、話しすぎたことを後悔するかのように言葉を
止めた。
玲子はどう答えようか迷っていた。しかし、やがて決意するかのように、
 「勇一さん、あなたの話してくれたことと全く同じ感情を、私も持ったのです。
だから会いたいと言われたとき心から嬉しかった。男性に対してこうした気持
ちになるのは、本当のことを言うと生まれて初めての経験です。」
 「実を言うと僕もそう。僕も生まれてから一度として心から好きと思える女性
に出会ったことはなかった。」

 食事をしながら、二人は夢のような時間を過ごした。これほど気を遣わず、
素の自分をだしたことはお互い初めてであった。

店を後にして、二人は人気のない公園をゆっくりと歩いていた。
 「僕と付き合って欲しい。」
歩きながら勇一は、玲子の肩に手を触れて、そう告白した。しかし玲子は下
を向いたまま返事をしない。
 「だめかな。」
もう一度問いかけると、玲子は悲しそうな目で、
 「嬉しい。だけどお受けすることはできません。」
 「何故。理由を聞かせて。」
勇一は必死で食い下がった。
 「私には男性と付き合えない、そして誰にも話せない秘密があるのです。
それは親も知らないこと。勇一さんにも話せるはずがありません。」
 
「人に言えない秘密なら、自分にもある。でも自分は玲子さんに話したいと
思う。それで付き合えないのなら、それが自分の運命と思うから。自分の体
は正真正銘、一人の男です。しかし心は女なのです。子供の頃から、気持
ちは常に女性だった。だから女性を愛することはできなかった。性転換しよ
うと悩んだ時期もあった。しかし結局その決断もできなくて、ダンサーとして
一番女性に近い立場で仕事をしながら今日まで生きてきたのです。このこ
とは親にも言ったことはありません。そして死ぬまで自分の中で抱え込もう
と考えていました。苦しかった、寂しかった、辛かった。そんな自分を恨んだ。
でもこれが運命なのだと思って生きてきたのです。しかし、玲子さん、あなた
に会って、初めて女性に心がときめいた。こんな気持ちを持てることが今で
も信じられないが、本当に嘘偽りなく、君のことが好きだ。理屈でなく本当に
好きだ。こんな話をしたら君はきっと僕から去っていくだろう。でも言わずに
はいられなかった。後悔はしていない。もちろん時間が経てば、大きな悲しみ
が襲ってくるかもしれない。でも言ってよかった。本当に良かった・・。」
 
勇一はそこまで一気に喋ると、
 「話はそれが全てです。短い時間だったけど、束の間の幸せをありがとう。」
と言って背を向けた。

 そう、彼もまた障害の持ち主であった。赤ちゃんの頃から、女の子のように
可愛いらしかった。買い物にでかけると、見知らぬ人から全てが全て、「可愛
いお嬢さんですね。」と間違われた。幼稚園の頃も、男の子の遊びではなく、
ママゴトや、人形遊びが好きであった。服も可愛らしいものが好きで、二才
年上の姉の服を好んで着た。学生の頃、男子便所に入るのも苦痛であった。
修学旅行でも、体調が悪いという理由で、お風呂には入らなかった。同級生
に自分の裸を見られるのが恥ずかしかったのである。高校を卒業する頃に
なると進路に悩んだ。体は男性だが、気持ちは女性である。どんな職業が
良いのか迷った。小さい頃あこがれた宝塚歌劇団のようなところで働きたい
と思った。女性なのに男役がいて、勇一にとっては夢のような世界であった。
しかし男性の勇一が宝塚などに入れるはずもない。しかし男でありながら
女性のような顔立ちに加えて、身体も柔らかかった。その特技をいかして、
今勤めるショーで働く事にしたのである。ここではショーに出るたびに好き
な化粧もできるし、綺麗な衣装も着られる。天職だと思った。しかし気持ち
が女であることは誰にも言えない。従って、ファンのほとんどが女性であり
ながら、気持ちが揺らぐ事は一度もなかったのである。むしろ一緒に働く
イケメンの男に囲まれていることが唯一幸せであった。いつまで働くことが
できるかは分からなかったが、いけるとこまではいこうと心の中で決めてい
たのである。

 玲子には今の話で全てが理解できた。
(なぜ男性を愛せない自分が、勇一に心ときめいたのか、これほど熱い気
持ちになれたのか。全て自分と同じ心の持ち主だったからだ。勇一は男性
でありながら女性であった。そして私は女性でありながら男性なのだ。勇一
の内面を理解して、私は異性を意識したのだ)

 「待って!」
玲子は、声を震わせながら勇一に向かって叫んだ。叫びながら、涙が留め
なく溢れてきた。
 「ありがとう、勇一さん。本当のことを話してくれて。私も勇一さんと同じ。
同じなの。あなたを好きになった理由が今分かった。」
勇一には言っている意味が分からなかった。玲子は勇一に自分の事を包
み隠さず話した。そして勇一もようやく全てを理解した。
 「信じられない。こんなことがあるなんて。」
 「それは私も一緒。神が私達の願いを叶えてくれたとしか思えない。」

二人は自然に唇を重ねあった。学生の頃いきなりキスされ突き飛ばしたあの
時とは違う。本当にそれは自然に、そして二人の気持ちが一つになった。

 世の中には色々な愛が存在する。勇一と玲子も特別な巡り会いを果たした。
神は、弱くても一所懸命生きている人間を見放したりはしない。

                                          終わり


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十円木馬

simaさん、nice!ありがとうございます。
by 十円木馬 (2017-11-19 09:47) 

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