SSブログ

夢現(ゆめうつつ)4 [小説・詩作]

    4 正夢

 明日は、待望の夏期休暇である。待望といっても直人ではない。妻と娘の現実的
な夢、某アミューズメントパークへ一泊二日で行くのである。妻は,OL時代から何度
となく行っている。何度でかけても感動するらしい。結婚してから幾度となく一緒に
行きたいとせがまれてきた。その度に理屈をこねて断り続けてきた。興味がないの
である。地元の遊園地で充分だ。それよりビールを飲みながら家で、好きなテレビを
見ている方がどれだけ幸せだろう。

博子が生まれしばらくは,なんとかなった。しかし、幼稚園に通い夏休みが始まると、
博子からどこかに連れていってとせがまれた。妻からは,家と近所の公園では,
娘が不憫だと悲しそうな表情で言われた。逃げ場を失った直人は、しぶしぶ承知した。
 OKがでると、妻の行動は早かった。すぐ旅行代理店に電話し、予約をいれた。
格安のツアーを広告で知っていたらしい。安上がりに抑えようとするところはやはり
主婦である。どうやら今回の話は,妻と娘の周到な計画だったようだ。
(日頃家庭サービスなどしてないのだ。これだけ喜んでくれているのだ。まあいいか)

直人には、旅行ではなく、別に浮きたつことがあった。それは明日、宝くじの当選
発表日なのだ。本当は今日発表されているはずなのだが、帰りが遅く、知ることが
できなかった。慌てなくても,明日の朝刊に番号は発表されるのだ。
直人自身本気で当たるなどと思っているわけでない。しかし、発表されるまで様々
な夢をもてるこの一時がなんとなく幸せなのである。
(明日になればこの大きな夢はきっと散るだろう。そしてささやかな夢ではあるが、
旅行は現実のものとなる。庶民的だがそれもよいではないか)

旅行当日が来た。博子に蹴飛ばされて目を覚ました。寝相が悪い娘だ。
欠伸をしながら玄関口のポストから朝刊を取り出す。普段はスポーツ面から見る
のだが、今日だけは、宝くじの当選番号ののっている箇所を探した。
(あった。どれどれ。おっと、肝心の宝くじをもってこなくては)
水屋の上の、神宮のお札が入っている箱の中に、御利益を肖り置いていた。
ぎゅっと握りしめながら、再びソファに座り、番号を凝視する。まずは絶対に当たっ
ている5等から確認し、順に上位へと目を移す。
(4等、違う。3等、これも全然。2等、あっ、もう組から違っている)
分かっているとはいえ、やはりちょっぴり悔しさがこみあげてくる。
(どうせだめだろうが最後に1等は……)

「ぐえ。」
蛙が鳴くような悲鳴にも聞こえるような声が台所にいる礼子のところまで響き渡っ
てきた。
「あなたどうしたの。」
礼子は、直人の顔をみて、一瞬気が狂ったのではないかと思った。直人の焦点
は定まっていない。右手に朝刊、左手に宝くじを握りしめ、口をぽかんと開けたま
ま硬直している。
「あなた、あなた。」
肩を大きく二度三度揺すぶると、直人はやっとわれに返ったようだ。
「あなた、一体どうしたというの。」
直人は黙ったまま新聞と宝くじを礼子に渡し、1等の当たり番号を指さした。
 礼子が悲鳴をあげるのにそう時間はかからなかった。

今まさに夢が現実となった。二人で何度見直した事だろう。直人は思い出したよう
に、玄関の錠をかけた。ひょっとして誰かにでも知られたらという不安感が脳裏を
掠めたのだ。
博子が眠たい目を擦りながら、二人に近づいてきた。
「パパ、ママおはよう。もうでかけるの。」
その言葉で、これから遊園地へ出かけるということを思い出した。
こんな事態になって旅行どころのはずがない。礼子もそう考えるに違いないと直
人は思った。
「旅行は当然中止だな。」
その一言で、博子はいきなり大声で泣き出した。当然である。子供にとっ
て事態が理解できるはずがあろうか。しかしもっと以外だったことが、礼子の次
の言葉だった。
「あなた、キャンセルなんてもったいないわ。ひろちゃんだってどれだ
け楽しみにしていたか…。旅行は行くべきよ。」
もったいないという言葉が、此の期に及んでまさかでてこようとは、
直人には信じられなかった。
「遊園地なんて日を改めて百回でも2百回でも連れて行ってあげるから。
今回だけは中止だ。」
しかし、礼子は珍しく強く食い下がった。結局根負けした形になった。
出発する時間が夕方なら、考える時間もあり、きっと中止にしただろう。しかし、
家を出るまでにもう2時間を切っていた。問題は、当選した当たりくじをどうす
るかだ。家に置いていけるはずがない。こんなセキュリティーの全くない家は、
泥棒さんにどうぞ好きなもの取っていて下さい、と言っているようなものだ。
旅行中不安でいてもたってもいられないだろう。
散々考えたあげく肌身離さず持っていくことに決めた。身近にあれば、安心感は
保てる。しかし緊張感は尋常でないはずだ。比較の問題だが結局安心感を取った
形だ。
 
 直人は、まだ納得しきれていない。1億5千万当たっても換金しなければただの
紙切れである。直人は一刻も早く銀行に行って、お金に換えて安心したい。
それを、旅行を優先するなんて、どう考えたっておかしい。もし途中、車の事故で
もおこしたら、当たりくじを紛失でもしたら、悪いことばかり次々浮かんでくるでは
ないか。やはり止めるべきではないのか。しかし、横でおおはしゃぎしている娘の
姿を見ていると、止めようとはもう言えなかった。
 
<続く>


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0