「平等院鳳凰堂」「石清水八幡宮」を訪れる [旅行・ドライブ]
昨日、宇治の「平等院鳳凰堂」、そして「石清水八幡宮」
にドライブに出かけてきました。
高速と京滋バイパスを使って、3時間弱、「平等院鳳凰堂」に着きます。
10円玉硬貨の図柄になっているので、日本人なら誰でも知っていますが、
私も家内も初めて訪れるとあって期待がとても大きかった場所です。
平安時代後期、(1053年)に、時の関白、藤原頼通によって建立された阿弥陀堂です。
華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできる遺構として、このうえなく貴重な建築です。
対岸の阿字池から眺める鳳凰堂は、威風堂々と建立されており、見事としかいう
他ありません。お色直しされた朱色と白、そして金箔の建物は美しい限りです。
どの角度から見ても、本当に素晴らしい。
鳳凰堂以外にも見るべき建立物が院内に点在します。
「南門」、「大書院」
「最勝院」、「観音堂」
「鳳凰堂」内部の拝観は一人300円ですが、20分制限の拝観となっています。
960年程前に定朝によって作られた阿弥陀仏は必見です。内部は撮影禁止ですので、
写真には残せませんが、説明員がその歴史を10分程度していただけるので、
歴史に詳しくない人もよく理解できます。
この他「鳳翔館」には国宝の展示物が多数あり、本当に感激のひと時でした。
院を出て、昼食を取ります。
宇治川の景観を眺めながらの食事は最高です。
「鳳凰堂」から約16㌔、次の目的地「石清水八幡宮」に向かいます。
ここも、是非一度訪れたいと思っていました。
私が高校生の時代、古典の授業で習った、吉田兼好の「徒然草」に書かれていた
「仁和寺の法師」の話が未だに記憶に残っています。
その一節は次のような現代語訳です。
******************************************************************************************
仁和寺という寺にいた法師が、歳を取るまで石清水八幡宮を拝みに行ったことが
なかったので、残念に思っていましたが、ある日思い立って、一人で徒歩でお参りに
行きました。極楽寺や高良などを拝んで、これでいいだろうと思って帰ってきました。
さて、友達(仲間)にあって「ずっと心にとめていたことを果たしてきました。
耳にしていた以上に尊かったです。そういえば、参拝している人たちは山に登って
いましたが、何かあったのでしょうか。気になりはしましたが、神に参拝するのが
本来の目的だと思って、山までは登りませんでした」と言いました。
ほんの些細なことであっても、先導する人がいるにこしたことはないなぁ。
******************************************************************************************
仁和寺にいた法師が、長年心に思っていた石清水八幡宮に参拝したのにもかかわらず、
一番大切な山の上にある神社を拝まずに帰ってきてしまったという点にあります。
この話は当時、とても面白く感じ、そこまでして法師が行きたいと思っていた
石清水八幡宮はどんなところだろうと思い続けてきました。
住宅のある狭いくねった道を車で登り続けると、やがて目的地に着きました。
仁和寺の法師の時代と違って、今は山頂まで車でいけるのですね。
「南総門」を潜りますと、そこには壮大な御本殿が視界に入ります。
「鳳凰堂」とよく似た朱色が鮮やかで、しばし時を忘れる美しさです。
御本殿はくるりと周回することができ、どの位置からみても壮大で美しい・・・。
御本殿の彫られている彫刻も実に精工です。
仁和寺の法師が、この御本殿を拝観せずに帰ってしまったということを、
あらためて思い出し、法師は本当に残念の一言です。
石清水八幡宮は、平安時代初め、清和天皇の貞観元年(859年)、行強和尚により
ご神霊をご奉安したのが起源です。その翌年に朝廷の命により八幡造の社殿が造営され、
4月3日にご遷座されました。
京都の南方は今回が初めてでしたが、期待を裏切らない見事な建造物でした。
やはり国宝に指定されるだけのことはあります。
それにしても、愛知に住んでいると、京都も日帰りで簡単に往復できます。
今は時間も存分にありますし、これからは頻繁に、目的地を決めて訪れようと
思います。
高速と京滋バイパスを使って、3時間弱、「平等院鳳凰堂」に着きます。
10円玉硬貨の図柄になっているので、日本人なら誰でも知っていますが、
私も家内も初めて訪れるとあって期待がとても大きかった場所です。
平安時代後期、(1053年)に、時の関白、藤原頼通によって建立された阿弥陀堂です。
華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできる遺構として、このうえなく貴重な建築です。
対岸の阿字池から眺める鳳凰堂は、威風堂々と建立されており、見事としかいう
他ありません。お色直しされた朱色と白、そして金箔の建物は美しい限りです。
どの角度から見ても、本当に素晴らしい。
鳳凰堂以外にも見るべき建立物が院内に点在します。
「南門」、「大書院」
「最勝院」、「観音堂」
「鳳凰堂」内部の拝観は一人300円ですが、20分制限の拝観となっています。
960年程前に定朝によって作られた阿弥陀仏は必見です。内部は撮影禁止ですので、
写真には残せませんが、説明員がその歴史を10分程度していただけるので、
歴史に詳しくない人もよく理解できます。
この他「鳳翔館」には国宝の展示物が多数あり、本当に感激のひと時でした。
院を出て、昼食を取ります。
宇治川の景観を眺めながらの食事は最高です。
「鳳凰堂」から約16㌔、次の目的地「石清水八幡宮」に向かいます。
ここも、是非一度訪れたいと思っていました。
私が高校生の時代、古典の授業で習った、吉田兼好の「徒然草」に書かれていた
「仁和寺の法師」の話が未だに記憶に残っています。
その一節は次のような現代語訳です。
******************************************************************************************
仁和寺という寺にいた法師が、歳を取るまで石清水八幡宮を拝みに行ったことが
なかったので、残念に思っていましたが、ある日思い立って、一人で徒歩でお参りに
行きました。極楽寺や高良などを拝んで、これでいいだろうと思って帰ってきました。
さて、友達(仲間)にあって「ずっと心にとめていたことを果たしてきました。
耳にしていた以上に尊かったです。そういえば、参拝している人たちは山に登って
いましたが、何かあったのでしょうか。気になりはしましたが、神に参拝するのが
本来の目的だと思って、山までは登りませんでした」と言いました。
ほんの些細なことであっても、先導する人がいるにこしたことはないなぁ。
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仁和寺にいた法師が、長年心に思っていた石清水八幡宮に参拝したのにもかかわらず、
一番大切な山の上にある神社を拝まずに帰ってきてしまったという点にあります。
この話は当時、とても面白く感じ、そこまでして法師が行きたいと思っていた
石清水八幡宮はどんなところだろうと思い続けてきました。
住宅のある狭いくねった道を車で登り続けると、やがて目的地に着きました。
仁和寺の法師の時代と違って、今は山頂まで車でいけるのですね。
「南総門」を潜りますと、そこには壮大な御本殿が視界に入ります。
「鳳凰堂」とよく似た朱色が鮮やかで、しばし時を忘れる美しさです。
御本殿はくるりと周回することができ、どの位置からみても壮大で美しい・・・。
御本殿の彫られている彫刻も実に精工です。
仁和寺の法師が、この御本殿を拝観せずに帰ってしまったということを、
あらためて思い出し、法師は本当に残念の一言です。
石清水八幡宮は、平安時代初め、清和天皇の貞観元年(859年)、行強和尚により
ご神霊をご奉安したのが起源です。その翌年に朝廷の命により八幡造の社殿が造営され、
4月3日にご遷座されました。
京都の南方は今回が初めてでしたが、期待を裏切らない見事な建造物でした。
やはり国宝に指定されるだけのことはあります。
それにしても、愛知に住んでいると、京都も日帰りで簡単に往復できます。
今は時間も存分にありますし、これからは頻繁に、目的地を決めて訪れようと
思います。
金四郎さん、nice!ありがとうございます。
by 十円木馬 (2017-02-27 14:12)