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夢現(ゆめうつつ)6 [小説・詩作]

   6 夢の結末

直人は目を覚ました。見慣れぬ部屋であった。そこが病院のベッドであることに
気づくまでどれくらいかかっただろう。横に心配そうに見つめる妻と娘の姿があった。
声を出そうとしたが、痛くて声にならない。鼻と顎の骨が折れているらしい。
顔面中包帯であった。腹部もきしきしと痛みが走る。直人はまる1日間昏睡して
いたらしい。そして全治2ケ月の重体ということだ。
「あなた大丈夫、しっかり。」
妻の声が、気持ちを多少和らげてくれた。振り絞るように掠れた声で、
「か、か・ば・んは…。」
妻は、首を横に振った。そして犯人はまだ捕まっていないという。
「今は絶対安静ですって。何も考えずに静養して。」
直人の頭は真っ白になった。

3日目の昼、多少調子も上向き、ベッドで刑事から事情徴収を受けていた。
そのとき、別の刑事が部屋に入り、犯人が捕まったことを知らせてくれた。
「私の鞄は?。」
「ええ。金目の物だけ取り出して、証拠品を消すため、鞄は隅田川の下流に
投げ捨てたそうです。」
刑事はそう答えてくれた。
「これが持っていた品です。」
そう言って、財布(札はすでに抜き取られていた)、カメラ、ビデオを見せた。
「本当にそれだけですが。」
直人は、2度同じ質問をした。宝くじは多分犯人も見逃しているは
ずである。直人は、鞄の底を二重にし、その間に宝くじを入れておいたのである。
厚さがないから犯人には絶対分からなかったはずだ。とすると、1億5千万は今
頃、隅田川の川底に沈んでいるのだろう。
直人は刑事に宝くじのことは言わなかった。言っても無駄だと思った。

(2ケ月間ここで入院か。会社に復帰した時、自分の席はないかも
しれない。それよりも、ドリームジャンボとはよく言ったものだ。夢はお金では
買えないのか。しかし、こんな結末が待っていたというのに、以外と冷静でいら
れるものなのだな)
事実、直人は落胆をしたり、憔悴しきった様子はもうみせなかった。
体中の痛みが激しく、それどころではなかったからかもしれない。あるいは、実
際換金したわけではなく、現物の金を見てないからかもしれない。いやそれより
も先ほど礼子の、
「貴方が生きていてくれれば、私はお金なんかいらない。」
という一言で、自分にとって一番必要なものが何かが、分かったような気がした。

(確かに、あのまま大金を手にしていたら、俺は堕落した人間に成り下がって
いたような気がする。いや、間違いなくそうなっていただろう。楽することばかり
考えていた。神は、俺に対して、人間としてもっと苦労しなさい、前向きに生きな
さいと示唆しているのだ)

すると心なしか、気持ちも、体の痛みもスーと楽になったような気がした。
礼子はこんな俺でも信頼してくれている。妻と子のためにも、体が動くようになっ
たら、頑張ってみよう、きっと頑張れる。そう思わずにはいられない直人であった。

< 終わり>


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コメント 2

六日間楽しませて頂きました
夢現5・6は宝くじ当選後どうなるか、ちょっとドキドキ感もあったりで・・・
一日で幻と消えた宝くじと痛みと引き換えに得たものがあっても
ちょっと切ない  た・か・ら・く・じ・・・・
by (2007-01-22 23:59) 

十円木馬

COCOさん、ありがとうございます。
稚拙な文章の上、長々と6回に分けた中身の薄い作品に
お付き合いいただきありがとうございます。
これまで300円しか当たったことのない宝くじ。
実際一等を当てたら、一体どうなってしまうのでしょうか。
by 十円木馬 (2007-01-23 21:56) 

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