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夢現(ゆめうつつ)1 [小説・詩作]

今日から以前書きためておいた短編小説を少し掲載します。
(最近日常の書きたいネタが少ないのです)
趣味で書いていた小説ですので、人にお見せするものではないのですが、
履歴のために公開します。6回に分けて掲載します。

    夢現(ゆめうつつ)

   1 直人の夢

「連番で30枚・・」
会社帰り、駅前の売店で、神崎はサマージャンボ宝くじを購入した。
普段から宝くじを買う習慣などなかったが、今日に限って買ってみようという気に
なったのである。それは、近頃滅多に勝てない麻雀で、昨日大勝できたからな
のか、妻が数日前に,新聞の懸賞で5千円の現金が当たったという運に肖りた
いと思ったからなのか,何れにしても、ふと何気に買ってみようという気になった
のである。

「只今・・。」
夕刊をポストから取り出し、取って付けの悪い玄関の鍵を閉め、黒縞のカーテン
を引き、靴を脱ぐ。
「お帰りなさい。」「パパ、おっかえりー。」
いつものように妻と娘が出迎えてくれる。一日のうちで心の安らぎを覚える瞬間
である。

 神崎直人、40歳。中堅ゼネコン会社に勤めるサラリーマンである。
ゼネコンと言ってもビジネスとしては旨みの少ない一次下請会社である。
この職業は自分にあっていないと感じながら今日まで勤めてきた。昔はそうでも
なかったが、最近は特に景気の悪さも重なって、仕事に対しての意欲も沸かない。
 もともと教師志望であった。人に教えることが自分にあっており、そういう職業に
つきたいと,学生時代から考えていた。しかし、大学4年時の秋,教員採用試験に
臨んだものの、夢は叶わなかった。
なんとなく採用試験を受け、幸か不幸か採用された今の会社に在職して、
18年が過ぎた。その間教師になりたい気持ちは捨てきれなかったが、結婚して
からは、もう諦めていた。そんな冒険などできようがない。「教える」ということで
あれば私塾経営という道もあるが、自営で食べていく自信は,正直なかった。
裏を返せば,自分の熱意は所詮その程度ということになるのだが、家のローン、
これからかかるだろう娘の教育費等、現実問題は決して避けて通れない。

帰宅すると、いつも出来立てのあたたかい夕飯が用意されている。電車に乗る
直前に自宅に電話する習慣がついていたが,妻は直人が家に着くタイミングで、
夕食の支度をすることを心掛けていた。食卓につくといつものように、冷えた
缶ビールを開ける。
「今日、宝くじ買った。」
少し照れながら妻に言ってみる。
「そう、当たるといいね。」
ばかな買い物して,などと腹をたたせるようなことは決して言わない。
妻は,多少勝ち気ではあるが、聡明な女であった。いつも考え方に筋が通ってお
り,たまに喧嘩しても,その原因は100%直人にあった。しかし、直人は頑固な故,
意固地になって自分の非をなかなか認めようとはしなかった。そのため時々妻は
泣いた。泣かせた後、いつも後悔するのであった。
「宝くじってなあに?」
もうすぐ5歳になる博子が、覗き込むようにして聞いてくる。感受性が強く,何に
対しても興味を持つ娘である。直人は手にした宝くじを博子に渡し、
「この数字が当たるとね、ひろちゃんの欲しがっていた、ポケモンのおもちゃがね、
たくさん買えるんだよ。」
「わーい。当たるといいね。」
無邪気に喜ぶ娘の顔をみると、宝くじを買った自分の欲に,少し後ろめたさを感じ
なくもない。
(ささやかな夢だ、別に気にするほどのことではない・・)

 話を戻す。仕事に対してのヤル気が萎んでいったのは、振り返ればここ1年で
ある。直人自身、思い当たる理由を時折考えた。彼の職務は営業である。
現在の肩書きは営業部課長。年齢からすればこの地位は順当であった。運の良さ
もあった。勤める会社は社員約百名程度で、ほとんどが技術者主体であった。従っ
て,営業職で競争する人間もいなかったし、ほとんど自分のペースで仕事を進め
てきた。加えて社長との相性も悪くなかった。とってきた仕事に対して、必ずねぎ
ら労いの言葉をかけてくれた。その言葉が嬉しくて,また頑張ろうという気にもな
った。途中バブルが弾けた頃は、会社にとっても直人にとっても大変な時期
であった。新規受注が全くといっていいほど取れなくなり,たとえとれても、単
価はあってないよういなものであった。
仕事を取れないことに、直人自身責任を感じたものだが、大がかりなリストラも
泣く泣く行った。社員は半数まで減り,賞与も激変したがなんとか凌いだ。
いろんな経験をしながら、会社は次第にその体質を強化し、売りあげも徐徐
に伸ばしていった。ここ最近は、新卒の中にも国立大卒が見られるようになった。
5年前には考えられないことである。だんだん会社にとっていい風が吹いている
のである。素直に喜べばいいはずなのだ。
 しかし、直人にはこの業界における一つの掟ともいえる、現実を知っている。
直人の営業相手の多くは同じゼネコン会社であった。ただしその規模の多くは,
1部、2部あるいは店頭上場しているような会社である。そうした世間から認めら
れている会社の窓口担当は、大抵が、30代後半から40代で、課長職,部長
職が多い。神崎からみても人間的に尊敬できる担当も多くいた。ふらっと立ち
寄り、世間話をしながら、いろいろ勉強になることも多かったのである。
しかしその担当者が突然会社を退職していった。ある人は、同業他社へ,ある人
は自分で会社を創り、またある人は全く別の異業種へ・・。辞めていく担当者は
多くを語らない。だが,目的をもって、前向きに退職していくケースは少ないよ
うである。大抵は,リストラの対象,無理な転勤など,不条理な命令などで辞め
ざる負えないようであった。時代の流れは,終身雇用も年功序列も崩れているの
である。致し方ないと言えばそれまでであるが、その末路は,あまりにも寂しす
ぎる。そう言った人間を、何人も見てきた直人にとって、次第に他人事とは思え
なくなってきたのかもしれない。

 書店に行けば40代からの生き方に関する書物が、ベストセラーになっている
ようである。それは取りも直さず、同じような考え、処遇を受けている人間が多い
と言うことなのだろう。60歳を定年とすると、あと20年。まだ20年もと思う人間
は、きっと現状に満足してないのだろう。逆にあと20年しかと考えられるならば
今の立場が充実しているはずである。今の神崎は,残念ながら,前者であった。

「なあ、宝くじで1億5千万当たったら、会社辞めてもいいかな?。」
ふいに、妻に聞いてみる。質問の内容があまりにも現実的すぎる。人間が弱くな
ってきたのか、以前なら絶対に会社の愚痴などこぼさなかったのが、最近は
アルコールが入ると、会社を辞めたいと口にするようになっていた。妻はなん
と答えればよいのか、困惑の表情を浮かべるが、結局黙っていた。なんとなく暗
い雰囲気に気まずさを感じ,質問を変えてみる。
「じゃあ一億当たったら、何が欲しい。」
これは誰もが考える、差し障りのない質問である。妻もほっとした表情で,
「そうね、家を新築したいよね。取りあえず・・。」

我が家は、築30年が経過する。そのつくりは、ちょっと表現しづらい家であった。
正確には自分の家ではない。神崎の両親の家であったが、その両親が昨年
和歌山県に家を建て、さっさと行ってしまった。なぜ和歌山かといえばそれなり
の理由があるのであるが、とにかく結果として、今の家が空き家になるという現
実が残った。当初賃貸にすることも考えたようであるが、なにせ築30年である。
老朽化が激しく、維持も大変である。知らぬ人がはいれば、あれやこれや要望が
でるのは目に見えている。修繕費もばかにならないだろう。そのため、結局身内
に住んでもらいたいということになった。子供であれば、気兼ねしなくてもよい。
また、たまにこちらに帰ってきたときでも、泊まる家があるのである。他人様な
らそう言うわけにはいかない。
 直人にとっては、反対する理由は何もなかった。まず家賃がいらない。
これはサラリーマンにとっては幸せだ。どんなに安くたって3人で住むアパート
なら最低7万は家賃がかかるだろう。それがただなのである。さらに、同居でな
い。妻の立場からすればこれは大きいはずである。嫁舅問題は今や全国共通の問
題である。いらぬ気を使わずに済むということは、精神の安定に計り知れないも
のがある。
 あと一つなんとなく満足できる点があった。それは、部屋数が多いことである。
それも一部屋の間取りがとてつもなく広い。この家は両親が建てたものでなく、
中古住宅を買ったのである。前の持ち主は商売をしていたようで、教室のつくり
になっていた。部屋数は全部で10にも及んだ。神崎の長年夢みた塾を始める
には,誠に好都合な作りなのである。神崎の父も定年退職後、ここで小中学
生を対象にした塾をしていた。足かけ15年も口コミだけで続けられたのだ。 
そういった訳で、両親から頼まれた時は,即答で了解したのである。妻は内心気
が進まぬようであった。しかし表だって反対もしなかった。

 直人は、もしも1億当たったら,先に妻に質問した、会社を退職したいという
願いをすぐ実行するだろうと考えていた。そして、日々の生活費の心配を
考えずに、諦めていた私塾経営を、自分のペースでやりたいと思った。
これは,前向きな夢なのか、はたまた今の環境から逃げたい気持ちがそう
考えさせるのか難しいところだが、何れにしても他人様に迷惑をかけるものでは
ない。夢としてはまともなものだと、直人自身正当化していた。
「家が欲しいなんて、えらく現実的な夢だなあ。」
そう言って生ぬるくなった缶ビールを、一気に飲み干した。

<続く>


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